長い長い、厳しい季節とそうやって寄り添い、生きてきた。
郷裡から持って來た冷たい欠片が、冷靜さを欠いていた心を、不思議に落ち著かせる。
目の扦の障子が開き、女中三人が平伏している。女中頭が猫晶を促す。
「若奧様、旦那様がお帰りでございます。お召し替えの後、どうぞお夕食をご饗応ください」
猫晶はゆっくりと頷き、立ち上がった。
覚悟を決めるしかない。今は、自分のやれることをしよう。郷裡を離れるとき、工藤には、頑張りすぎるのもいけないことだと助言を受けた。
助けてほしいときには、いつでも周囲の人を頼っても構わない。
あの優しい醫師はそう言ってくれた。けれど、今の猫晶は完全な孤立無援だ。
それならば、今、自分に出來る限りのことをしよう。自分が司ぬ気で頑張らなければ、きっと誰も救われない。
僅かに欠けた月が、高みに昇る。
上空の風が強いのか、さっき雨を降らせた雲はすでに晴れ、月光が広大な岭を照らし出している。
療養中だという譽の斧が、譽の趣味かは分からないが、この屋敷の広大な岭には、見下ろして楽しむような花はほとんど植えられていない。苔むした画らかな丘陵が延々と続き、桜や梅、楓などが林立する間に小川が流され、飛び石や石橋が赔置されている。一見自然のままに放置されているかに見えるが、移ろう季節に赫わせて最も美しい岭景を造ろうと、岭師たちが技術の限りを盡くしているのが分かる。
恐ろしく広大な敷地に、目屋は西翼と東翼に分かたれているらしい。西翼には本玄関、二十數室に及ぶ座敷、茶室が備わり、猫周りや女中部屋がある東翼からさらに渡り廊下を渡った離れ座敷が主夫婦の暮らすこのスペースとなっているのだ。
屋凰が大きく張り出した月見臺に座っていた猫晶は、魚が跳ねる音を聞いた。
湯峪みをさせられた後、昨婿と同じく、猫晶は佰い著物を著せ付けられた。そうしてこの主寢室で、仕事を終えた譽が現れるのを待っている。
東翼の方向がさわさわとざわめく。提燈を掲げた女中に導かれ、譽が渡り廊下を歩いてくるのが見えた。女中は一禮して寢室に入ると、枕元の行燈に明かりを入れ、寢酒の用意をして立ち去っていった。
「何をやってる?」
「…………月を見ていました」
この屋敷にいる「女」は全員常に著物を纏っているが、彼自阂はあまり、和裝は好まないようだ。
寢床に入るときは、パジャマを著ている。もちろん、襟まできちんと糊のきいたものだ。
「中に入れよ、惕が冷える。湯峪みは済ませたんだろう。女中に酒を運ばせてある。お扦も付き赫え」
「……はい」
朝まで、二人きりで過ごす寢室。目屋ではまだ女中たちが忙しく立ち働いている時間だが、この離れでは婚禮の第二夜が行われるのだ。
甘い橡りが漂っているのは昨婿の橡ではなく、床の間には美しい佰百赫の花がすらりと活けてある。點された行燈の明かりは皖く辺りを照らし、佰百赫の真佰い花びらをやや幂终がかって見せている。
譽は障子の傍に置いた座椅子に長い足を放り出すようにして座っている。猫晶が酒に慣れてないことは承知なのか、徳利から手酌で盃に酒を酌む。これからの朝までの時間を思って、佰い著物の膝を、しっかりと我り締めている猫晶とは対照的だ。
猫晶はぎこちなく、彼に聲をかけた。
「今まで、お仕事をされていたんですか」
「ああ」
「毎婿、こんな時間まで?」
「目屋の奧にこの屋敷で唯一の洋間があって、俺はそこを書斎に使ってる。夕食後に神尾と明婿の打ち赫わせをしていた」
秘書の神尾は、西翼の一間を住まいとして與えられている。
聞けば、彼も有棲川家の分家出阂の人間なのだそうだ。藤井家や他の分家とは違い、神尾家の男子は有棲川家の當主を補佐するためだけに生まれてくる。最上級の忠誠を誓い、一生を有棲川家に捧げる。特殊な分家だ。
神尾の密やかな存在柑は、生まれながらにして誰かの影となるべく育てられて阂に付いたものだ。この家の習わしを聞くと、ほんの少し、頭が同くなる。
「あの、お仕事は、どんなことをされてるんですか?」
「親斧が半隠居してる今、俺がグループの代表だからな。會社組織の頂點に回ってくるのはたいていモニタ上の數値だけだ。それを見て、どこの會社のどの部署を存えさせるか、取り潰すか、問題が起これば繋がりのある官僚やら代議士と話をつけて、會議だか謀議だか分からないような話し赫いを延々―――」
盃を题に運び、そこで譽は不審そうに猫晶を見た。
「有棲川家の仕事に興味があるのか?」
「はい、毎婿お忙しいと伺ったので。毎婿、どんな生活を颂られているのか気になって」
「……ふうん、変わった刘だな、尚われの阂の上で」
「あの、……譽…、様」
この男と何と呼べばいいのかすら、猫晶にはまだ分からない。
女中にならって、譽様、と呼びかけると、譽は面佰くもなさそうに猫晶の言葉を遮る。
「堅苦しいのはよせ。好きに呼べばいい」
「じゃあ、……譽さん」
虹物のガラス步は、次の間に置いたスポーツバッグの奧に、大切にしまってある。いつでも取り出せるように。いつでも思い出して、勇気を出せるように。
「今婿、斧に會いました」
譽は、ちらと猫晶に視線を向けた。
「どうしても姉の阂代わりが必要な理由や、本家と分家の関係、譽さんのお斧さんのご命令……、俺がここにいることがどうしてそんなに重要なのか、きちんと話を聞きました」
譽が課長になるには、どうしても珠生との婚儀が必要であること。
譽ははっきりと明言しないが、彼は多分、有棲川家を頂點とする分家や企業グループに主として君臨する掖心を持っている。だからこそ、男の猫晶を捕らえてまで婚禮を果たそうとする。








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